十割蕎麦を探す旅 -1-

 蕎麦の面白さは、「わからないことが山ほどある」という点にあります。それは、「地図は持っているけれど、肝心の目的地の部分が大きく虫に食われている」とか、「時計は持っているけれど、列車の時刻表を持っていない」状態に似ているような気がします。

 そんな状態は、ふつうは面白いというより、困った事態に違いありません。しかし蕎麦の場合は、そこが面白いのです。こうなるはずなのに、なぜか、ならない。それはいったい、なぜなのか。その理由を考え、謎を究明するところに、蕎麦の醍醐味があるのです。

 十割蕎麦は「蕎麦の虫食い地図」の最たるものだといえるでしょう。とにかく、わからないことが多いのです。誤解が多い。迷信が多い。外れが多い。「これは素晴らしい!」と納得できる十割蕎麦に出会うことが、とても難しいのです。

 だからこそ蕎麦好きは、十割蕎麦に惹かれます。外れても、外れても、メニューに「十割蕎麦」の文字を見つけると、昨日の失敗は瞬時に忘れて、「今度こそは・・」と、注文してしまうのです。

 かくいう私も、「蕎麦の虫食い地図」を大切に持ち歩いているひとりなので、失敗に懲りない蕎麦好きの仲間を、笑う気持ちには到底なれません。

 だから十割蕎麦を愛するすべての人と一緒に、これから、おいしい十割蕎麦を探す旅に出かけてみたいと思います。

 日本の北から南、あちこちの十割蕎麦を訪ねて、うん、これはと思ったものをお知らせしましょう。

 十割蕎麦を探す旅、まずは東京から歩き始めましょう。

 

蕎楽亭で使う玄そばは、会津産が中心
蕎楽亭で使う玄そばは、会津産が中心

十割蕎麦のおいしさとは何か

 

 「おいしい十割蕎麦」とは、どういう蕎麦を言うのでしょうか。

 十割蕎麦の価値を決めるポイントは、風味の強さであると言っていいと思います。蕎麦粉だけを使い、他の食材は、一切、混ぜない。それはひとえに、蕎麦の蕎麦らしい香り、味を楽しみたいからに、ほかならないと解釈できます。

 ひとまず「十割蕎麦の魅力は、香りと味」だと定義付けましょう。これで一歩、前に進めます。

 そうなると、もうひとつの蕎麦の重要な要素、「食感」はどう考えればいいでしょう。

 一般的に蕎麦の大きな魅力は、喉越しなどと言われる食感であることは、多くの人が認めるところです。

 

 十割蕎麦の食感は「硬い」という感想を、良く耳にします。必ずしも、そうではないと、私は機会あるごとに言っているのですが、それだけ言わなければならないということは、「硬い」と感じる十割蕎麦を食べた経験をお持ちの方が、いかに多いかということです。となると世の中では、「硬い十割蕎麦」が主流を占めているということになるのかもしれません。

 

 しかし蕎麦にとって「硬い」ということは、ある程度までは褒め言葉となるのです。「硬い」と「コシがある」は、別の食感なのですが、それにしても「硬さ」は、蕎麦にとって、ある程度、必要なものなのです。

 でも「硬過ぎる」のは、ちょっと困ります。程度の問題で、どこから先が「硬過ぎる」ことになるのかが曖昧なのですが、いずれにしても食べる人が「過ぎる」と思ってしまうのは、その人には、おすすめできない蕎麦ということになるでしょう。

 世の中には、「過ぎる」蕎麦が多いのかもしれません。ここもひとまず、「世の中には、硬過ぎる十割蕎麦が多い」という、私としては認めたくない定義を、あえて受け入れることにして、先に話を進めましょう。

 

はたして十割蕎麦は硬過ぎるのか

 

 確かに、十割蕎麦を打つのは、難しいものです。

 ちょっと前までは、「つなぎを入れなければ、蕎麦は長くつながらない」と信じている方が、かなりいらっしゃいました。今は、そういう認識を持っている方は、たぶん少なくなっていることでしょう。

 現代の、蕎麦を管理する技術のもとでは、きちんと調整して、そのつもりで製粉すれば、蕎麦粉だけでつながらないということは、まずありえません。十割蕎麦は、つなげて麺の形にするだけなら、ほとんど苦労なく打つことができる時代になっているのです。

 それなのに「世の中には、硬過ぎる十割蕎麦が多い」ということが、私自身も認めた事実なのです。これは、いかなる理由によるものなのでしょうか。

 

 思うに十割蕎麦を打つときは、「こういう麺に仕上げたい」と意図しても、なかなか思い通りにできないことが多いのではないでしょうか。要するに十割蕎麦は、コントロールしにくいのです。小麦粉を使わない分だけ、硬過ぎ、軟らか過ぎの許容幅が、狭くなってしまうのでしょう。

 小麦粉をつなぎに使って打つ蕎麦は、小麦粉の量や質などで、麺の状態を比較的コントロールしやすくなります。

 それに対して十割蕎麦は、融通のきかない頑固者みたいなところがあって、加水量が足りないなど、ちょっと気に入らないことがあると、とたんにむくれて、硬くてポキポキ折れるような蕎麦になってしまうのです。

 そうなると香りも損なわれるし、味も出ません。

 料理人として秀でた感性を備えた、熟達の蕎麦職人が打って初めて、納得のいく十割蕎麦は、この世に生まれて来るのかもしれません。

 

 以上のことから考えと、「十割蕎麦のおいしさ」の定義とは、香りと味がしっかり感じられること。なおかつ程良いコシ、食感を備えている、ということになるのです。

 「おいしい」をさらに突き詰める必要が、ほんとうはあるのですが、話が長くなり過ぎるので、それは次の機会に回すとして、以上の条件をクリアする十割蕎麦を味わうことのできる店を、ご紹介します。

 

十割蕎麦が当たり前の店

 

 東京・神楽坂にある『蕎楽亭(きょうらくてい)』。この店にとって十割蕎麦は、特別でもなんでもない、ごく当たり前の蕎麦なのです。

 人気メニュー「十割そば」は、殻付きのまま製粉した十割蕎麦ですし、いちいち十割とは書いていませんが、「ざるそば」も、ヌキから製粉した十割蕎麦です。

 同じ十割蕎麦でも、殻付きのまま製粉した「十割そば」は、穀物らしいにおいやコクを、しっかり感じさせる蕎麦になっています。

 かたや、ヌキから製粉した「ざるそば」は、甘さの印象が圧倒的に強い蕎麦です。製粉方法、蕎麦の作り方によって、同じ材料を使っても、これだけ変化に富んだ蕎麦になることに感心させられます。店主、長谷川建二さんの力量は、この二種類の蕎麦を食べてみれば、すぐにわかるでしょう。

 

 長谷川さんが修行したのは、東京・猿楽町の名店『松翁(まつおう)』です。

 『蕎楽亭』のメニューには、『松翁』と同じ魅力を感じさせるものが、いくつもあります。

 長谷川さんは、修行先から受け継いだものについて、次のように言います。

「『松翁』で修行させていただいてわかったのは、こんな繁盛店だから、きっと秘伝の何かがあるんだろうと思っていたら、何もない。何も隠さず、本当に普通に、正直にやることが、一番繁盛することなんだと、わかりました。それが一番の秘伝なんじゃないかなと思います」

 

 そういえば、江戸の昔、芝宇田川町に『正直屋』という蕎麦屋があったという話を思い出しました。ここの蕎麦は、少しも混ぜものをしない十割蕎麦で、正直蕎麦、正直蕎麦と呼ばれて、大変に繁盛したといいます。

 『蕎楽亭』は、現代の『正直屋』だと言えるのかもしれません。

 十割蕎麦がおいしい店には、今も昔も、真摯に蕎麦と取り組むという共通点があるような気がします。蕎麦をおいしく作るには、まっすぐ蕎麦と向き合うひたむきさが、どうしても必要なのです。

 そのあたりを見極められると、おいしい十割蕎麦を供する店を、見分けることができるようになるかもしれません。

 うん、少し、虫食い地図の穴が縮まったような気がします。

 さあ、次は、どんな十割蕎麦に出会えるでしょうか。

 次回の報告を、どうぞお楽しみに。