十割蕎麦を探す旅 2 一眞坊 (篠山市・兵庫県)
おいしい十割蕎麦は、ここにある

この「十割蕎麦を探す旅」のシリーズは、片山虎之介が、全国のおいしい十割蕎麦の店で、蕎麦の食べ歩きをして、その中から特に印象に残った蕎麦屋さんを、ご紹介している連載記事です。
今回、ご紹介する『一眞坊』は、雑誌「サライ」(小学館)、2014年10月号の蕎麦特集に掲載されています。特集のテーマは「十割蕎麦」で、片山虎之介が企画から撮影、執筆を行った特集です。
この『そばログ』では、本文内容や写真は、「サライ」とは別の書き方、撮り方をしていますので、『そばログ』の記事をお読みになり、興味のある方は、書店で「サライ」をご購読ください。十割蕎麦について、さらに詳しい話を、楽しんでいただくことができます。
併せて、サライのWebサイト「サライ.jp」に連載している、片山虎之介のエッセイ「蕎麦屋の歩き方」も、ご一読ください。
伝統の技をアレンジして打った個性の十割蕎麦
『一眞坊』の十割蕎麦を味わうと、世の中には本当に、いろいろな蕎麦があるのだということを再認識します。
福島県檜枝岐(ひのえまた)村に伝わる郷土蕎麦「裁ち蕎麦」の技法を取り入れて、『一眞坊』流の蕎麦打ち技術を完成させたのは、小川俊和さん(54歳)。他では見ることのできない、唯一無二の技といえる蕎麦の打ち方です。
郷土蕎麦の技術というものは、長い年月をかけて人々が知恵を絞り、修正を繰り返してきたものなので、非常に良く考えられているものです。古くさい方法に見えるのですが、理にかなった部分がとても多いもの。福島県檜枝岐村の伝統の蕎麦打ち技術「裁ち蕎麦」も、そのひとつです。
通常の蕎麦打ちの技法では、蕎麦打ちをする際、大きく延した生地を、包丁で切るために折り畳みます。すると、つながりにくい蕎麦粉で打った蕎麦は、折った部分で短く切れてしまうことがあります。
だから、檜枝岐では、畳まずに蕎麦を切る方法を工夫しました。それが郷土蕎麦「裁ち蕎麦」の技術です。
その方法を簡単に、ご説明しましょう。
まず、通常打つよりも小さな蕎麦の玉を延し、それを畳まずに、広げたままの状態で、台の上に置きます。
この生地を端から、家庭で良く使われる菜っ切り包丁などを使って、麺を一本一本、切り出すように「裁ち切る」のです。
こうすることで、長くつながった麺ができるのですが、麺を一本一本切り出すなどということは、簡単にはできません。長年の修練を経て、初めて細く切り揃えることができるのです。

小川さんは、自分が理想としている蕎麦を打つには、どのようにしたら良いのかと試行錯誤している時期に、偶然、裁ち蕎麦の技に出会いました。
その合理性に感銘を受け、裁ち蕎麦の技術に独自の工夫を加えて、現在の『一眞坊』で行っている蕎麦の打ち方を完成させたのです。
小川さんが「こういう蕎麦を打ちたい」と、目指していたのは、ひと言でいうと「強い麺」です。しっかりとコシがあって、長くつながって、しかも風味も十分。そういう麺を作るために、考えられる限りのことを試していました。
そんなときに出会った檜枝岐の「裁ち蕎麦」は、小川さんに「これしかない」と、強い印象を与えたと言います。
しかし、広げた生地から、麺を一本ずつ切り出す方法は、まるで神業のような技術で、簡単にできるものではありませんでした。
そこで小川さんは、製図用のT定規を2本組み合わせ、それをガイドに使って、鋭利な包丁で線を引くように細く断ち切るスタイルを考えだしたのです。
こうして小川さんは、理想の蕎麦を完成させることができました。
広げた生地から直接切り出した麺の長さは、約80cmにもなります。
箸でつまんで持ち上げると、手をいっぱいに持ち上げても、まだ麺の端が器の中にあったりします。
強い麺は、熱い汁の中に入れても、簡単にはのびません。
だから『一眞坊』では、温かいメニューにも、十割蕎麦を使います。
篠山の田舎までドライブする価値は、十分にある蕎麦です。
ぜひ、一度、訪ねて、小川俊和さんの考案した、現代の裁ち蕎麦を味わってください。