蕎麦屋、食べ歩きの楽しみ -並木藪蕎麦-

枯淡の趣を漂わせる並木藪蕎麦の「ざるそば」
枯淡の趣を漂わせる並木藪蕎麦の「ざるそば」

 『サライ』(小学館刊)の2009年8月6日発売号で片山虎之介が、特集『蕎麦「食べ歩き」の極意』を執筆しました。今から、5年も前の話ですね。

 蕎麦屋の食べ歩きは、江戸時代から多くの人が楽しんで、思い思いの記録を残しています。

 有名な「蕎麦全書」は、江戸の蕎麦好きが、蕎麦の食べ歩きをして書き残した記録の代表的なものといえます。

 現代では、蕎麦の食べ歩きは、ブームになっていて、ブログに書いたり、Facebookにアップしたりと、これを楽しむ人は、とても多くなりました。

 しかし、具体的に蕎麦屋の何をどう評価すれば良いのかという基準が、ほとんど見当たりません。だから『サライ』に書いた特集では、蕎麦屋の何をどう判断すればよいのかという、ひとつの考え方を提示したかったのです。

 定期刊行物の中での仕事なので、ページ数に制限があります。特集記事の中だけでは書き足りないことが沢山あるので、ここでさらに詳しく書き加えたいと思います。

 江戸蕎麦の名店『並木藪蕎麦』を例にとって、食べ歩きの方法、考え方をご紹介しましょう。

 今から15年くらい前、江戸文化の研究家であった杉浦日向子さん主宰の蕎麦好きグループが、蕎麦の食べ歩きを活発に行っていました。浅草の『並木藪蕎麦』は、その基点となる店として、杉浦さんもよく訪れていたところです。

 では、片山とご一緒に都営浅草線に乗って、『並木藪蕎麦』に出かけてみましょう。

蕎麦の食べ歩きは、まず浅草のこの店から始めたい

 白いすじ雲が流れる空が、ひときわ高く感じられる季節。浅草の『並木藪蕎麦』を訪ねるのは、久しぶりです。浅草寺の雷門から南へ一直線に延びる道路沿いに建つ、しもた屋風の日本家屋。その入り口正面に、見慣れた看板の「藪」の字が見えます。

 かつて、大の「蕎麦屋好き」であった杉浦日向子さんが、食べ歩きの基点として足繁く通った店です。今も多くの蕎麦好きの人々の、蕎麦屋巡りのスタート地点ともなっている一軒です。

 

 江戸の伝統を受け継ぐ蕎麦屋には、「粋」の価値観に通じる言わずもがなの掟があります。掟というと、いかめしいけれど、つまりはエチケット。それを知らずに不粋に振る舞うと、ちょっと恥ずかしい思いをすることになるかもしれません。

 

 たとえばゆっくり時間をかけて料理を楽しむフランス料理に対して、蕎麦屋の「長っ尻(ながっちり)」は不粋の極みとされる行為です。さっと蕎麦をたぐって、くいっと酒をひっかけ、「ごちそうさま」と席を立つのが、粋な客の典型だと、昔から言われてきました。いわば、蕎麦屋の常識ですね。

 

 また、糊のきいたテーブルクロスのかかったフランス料理のレストランで、食器をカチャカチャ鳴らしながら食べるのは、ご存じのように重大なマナー違反です。しかし蕎麦屋では、蕎麦を食べるときに、ずずっと音を立てるのは、決して悪いことではありません。むしろ、上手に音を立てて蕎麦を食べると、蕎麦通と見られることのほうが多いようです。

 

 食文化は地域により、また食のジャンルにより、千差万別。日本人であっても、なくても、蕎麦屋の客としての最低限のエチケットは承知したうえで、名店と呼ばれる店の暖簾はくぐりたいもの。そうすれば蕎麦屋の素晴らしさを、より一層楽しむことができるに違いありません。

 

 

 前述の杉浦日向子さんが「自分は蕎麦好きというより蕎麦屋好き」と強調したように、蕎麦屋の雰囲気は、とても大切なものです。ある意味で、蕎麦そのものと同程度の重みを持つとさえ言えるかもしれません。

 蕎麦の食べ歩きのポイントとして、蕎麦屋の雰囲気を味わうことは、最初の楽しみといえるでしょう。

 蕎麦屋に入ったら、まず店の雰囲気を味わう。ここがスタートラインです。

 『並木薮蕎麦』の暖簾をくぐり、軽い引き戸をからりと開けると、靴底の感触も優しい土間が迎えてくれます。店内の半分は、座りやすそうな椅子席。もう半分は、畳敷きの小上がり。大正時代に創業した当時そのままの雰囲気が、店内に満ちています。

 

 茶室を思わせる内装も好ましいけれど、さらに感心するのは、そこに座っている客の様子の良さです。いかにも並木にふさわしい、粋な雰囲気の人々が、静かに蕎麦をたぐり、酒を飲んでいます。並木では客までもが、店の雰囲気を演出する重要な要素になっているかのようです。その間を花番さんたちが、流れるように行き来しています。

 

 杉浦日向子さんは自宅に蕎麦を取り寄せて食べるということを、ほとんどしなかったといいます。蕎麦屋好きとは、蕎麦そのものも好きだけれど、それ以上に蕎麦屋にいることが好きな人のことです。『並木藪蕎麦』の椅子に座ると、蕎麦屋好きだという人の気持ちが、なるほどこれなのかと良くわかります。

禅味、俳味を感じさせる、並木藪蕎麦の店内(改装前)
禅味、俳味を感じさせる、並木藪蕎麦の店内(改装前)

誰にも真似できなかった、初代・堀田勝三さんの先進的な意識

 蕎麦屋の主役は、やはり蕎麦。蕎麦が美味しくなくては蕎麦屋は成立しません。

 『並木藪蕎麦』の製麺方法は、手捏ねの機械打ちです。蕎麦粉に水を加え、捏ねて玉にしたあと、平らに"延す"ところまでは人手で行いますが、細い麺線に切る作業は機械でします。味の良さと経済性、スピードを考慮した結果の組み合わせです。

 現在、いわゆる江戸の流れを組む東京の蕎麦店の多くは、このように機械を導入している店が多いのです。

 

 機械も上手に使えば、手打ちにひけをとらないほどの、おいしい蕎麦ができます。『並木藪蕎麦』は、その見本ともいえる店です。

 並木で味わっていただきたいメニューはいくつもありますが、まず最初は基本の「ざるそば」を召し上がってください。一般的に「ざるそば」というと、蕎麦の上に刻み海苔がかかっている場合がありますが、この店の場合は何も乗せられてはいません。ざるの上に蕎麦だけを広げた、一般にいう「もりそば」が並木の「ざるそば」なのです。

 多くの人が、この並木の「ざるそば」を初めて食べたとき、衝撃を受けています。かくいう私も、そのひとりです。

 

 初めて並木の椅子に座り、この蕎麦を食べたとき、蕎麦とは本来、どういうものなのかという、その答えの片鱗を垣間見た思いがしたのです。

 一枚のざるの上に広がる、たすことも引くこともできない、完成された宇宙。それが並木の江戸蕎麦でした。今でも並木で「ざるそば」をいただくたびに、あの感動の一瞬を思い出します。

 

 「ざるそば」を一枚食べただけでは、まだお腹は満たされません。『並木藪蕎麦』の初代、堀田勝三氏は、「江戸っこは鮨と蕎麦で腹を脹らしちゃいけないよ」が口癖だったといいます。蕎麦は食事の合間のおやつとして食べる「趣味食」であるという信念を持った人でした。だから並木の一枚の蕎麦の量は、多いとは言えません。

 

 壁に貼られた品書きを見上げ、次なるメニューを選んでみましょう。ふたつめの注文は、温かい蕎麦を試してみましょうか。

 江戸伝統の粋な種ものといえば、「花まき」が挙げられます。甘汁を張った丼に温かい蕎麦を盛り、あぶった浅草海苔を乗せて、その香りを楽しむメニューです。

 味だけではなく、香りも楽しむ蕎麦。江戸の人々の簡素でありながら奥の深い精神世界を、この一杯の蕎麦から感じることができます。

 

 蕎麦は、どこの産地のソバを使うか、誰が栽培した玄蕎麦を使うかで、その風味は大きく変わります。

 『並木藪蕎麦』は戦後の一時期、台東区柳橋に支店を設けたことがあります。そのとき初代、堀田勝三氏は、小型製粉機を導入し、ソバの産地別に玄蕎麦を揃え、客が希望する産地の玄蕎麦を製粉して供する方法を試みたことがあるといいます。蕎麦ブームといわれている現在でも、そこまでやっている店は、まだありません。初代、堀田勝三氏の蕎麦に対する意識が、どれほど先進的なものであったのかが推し量れる逸話です。

 『並木藪蕎麦』が守っている伝統は、江戸蕎麦の技術だけではなく、こうした「先進的な考え方」を重んじることも含まれるのです。老舗とは、日々、革新を積み重ねていくもの。そうでなければ、百年単位の時代を生き延びることなど、到底できはしないのです。

 

 『並木藪蕎麦』は、今では東京の町からほとんど失われてしまった、江戸蕎麦のエッセンスが詰まった博物館のような場所だともいえます。

 でも、ガラスケースの中に歴史的な遺物が並べられているわけでは、もちろんありません。

 並木にある大切なものは、目に見えないもののほうが多いのです。江戸蕎麦を構成する様々な要素が、並木の店の空間には、ひらひらと舞っています。

 何度かこの店に通っていると、それら目に見えない大切なものたちが、次第に見えるようになってくるところが、実に不思議で、楽しい体験なのです。